東京クリスマスオラトリオアカデミー
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解説―明治学院大学文学部・学部長樋口隆一
 
 クリスマスというと、私たちは12月25日を思い浮かべるが、ドイツ、特にバッハの時代のドイツでは、その日から始まるある一定の期間を意味していた。「クリスマスおめでとう」のことをドイツ語では「フローエ・ヴァイナハテン Frohe Weihnachten」と複数で表現するのはそのためである。具体的に言うと、12月25日から新年1月6日の顕現節(ドイツでは三王の礼拝の祝日(Dreikoenige)までの13日間(これを十二夜ともいう)にほかならない。
 1734年から35年にかけての<クリスマス期間>に、バッハはその期間に祝われる6回の祝祭日にそれぞれ1曲のクリスマス・カンタータを上演し、全体を総称して<クリスマス・オラトリオ>と呼んだ。 12月25日〜27日のクリスマス第1日〜第3日に、1月1日の新年、つまり元旦、そしてたまたまその年は1月2日が日曜日であったので、新年後日曜日、そして顕現節(三王の礼拝の祝日)の6回である。これらの祝祭日に上演されたカンタータはそれぞれ、<クリスマス・オラトリオ>第1部〜第6部とも呼ばれる。
 13日間に6曲の新作カンタータを作曲上演するというと大変な仕事量だが、心配には及ばない。その前にかなりの準備期間があった。クリスマスの前の約4週間を、<キリストの降誕を待ち望む>という意味で待降節というが、バッハの時代のライプツィヒでは、待降節第1日曜日以外は歌舞音曲が禁止され、バッハはその期間ゆっくりとクリスマスのための音楽を準備することができたのである。さらに彼は、これらのすべてを新たに作曲したわけではなかった。ザクセン選帝候家のために書いた3曲の祝賀カンタータを中心とした既存の作曲をもとに新しい歌詞を当てはめ、さらに修正を加えてまったく新しい作品として世に出すという、なかなか効率の良い方法を用いたのである。それにもかかわらず<クリスマス・オラトリオ>全体が、バッハの芸術を代表するに値するすばらしい完成度を備えているのには驚かされる。こうした改作を、バッハは最後の名作<ロ短調ミサ曲>の作曲の際にも多数行っているから、おそらく彼自身、そこにむしろ積極的な意味を見出だしていたに違いない。原則として1回しか上演されることのない特定の機会のための祝賀カンタータを、クリスマスという、キリスト教会にとって最も重要な期間のための音楽に改作することによって、上演の機会を増し、さらには未来へと向けて<永遠化>したといっても過言ではない。6部からなる<クリスマス・オラトリオ>は、全64曲から構成されている。

第I部 (第1曲〜第9曲)
 クリスマス第1日(12月25日)礼拝のためのカンタータである。第2曲、第6曲の聖書朗読者が朗唱するのはそれぞれ「ルカによる福音書」第2章、1、3〜6節と、同章、第7節からの引用で、住民登録のためにヨセフとともにベツレヘムに上ったマリアが、宿屋がいっぱいであったために家畜小屋で初めての子を生み、飼い葉桶に寝かせたという、キリスト降誕の記事にほかならない。
 冒頭合唱「喜びの声をあげよ、喜び躍れ!この日々をほめたたえよ!」はトランペットとティンパニの響きの楽しい華麗な曲だが、それもそのはず、ザクセン選帝侯妃マリア・ヨセファの誕生日のために1733年12月8日に上演された祝賀カンタータ「太鼓よとどろけ、ラッパよ響け」(BWV214) の冒頭合唱の原曲とした改作である。第4曲のアルトのアリア「備えよ、シオン、やさしい愛で」も改作だが、原曲は1733年9月5日に上演されたザクセン皇太子フリードリヒの11歳の誕生日のための祝賀カンタータ「心を砕き、見守ろう」〔岐路のヘラクラス〕(BWV213) の第9曲「おまえのことなど聴きたくない」である。ルター作のコラール「高き天より」が、爽やかにこの部分をしめくくる。

第II部 (第10曲〜第23曲)
 クリスマス第2日(12月26日)の礼拝のための音楽であり、「ルカによる福音書」第2章、8〜14節を骨子として構成されている。野宿していた羊飼いたちに天使が近付き、救い主の誕生を知らせる、という内容である。第10曲のシンフォニアは、羊飼いの音楽であるパストラーレで書かれている。第15曲、19曲のアリアもそれぞれBWV214、213のアリアに基づく改作である。

第III部 (第24曲〜第35曲)
 クリスマス第3日(12月27日)の礼拝のための音楽で「ルカによる福音書」第2章、15〜20節を骨子とする。内容は天使たちに救い主の誕生を教えられた羊飼たちがベツレヘムへとおもむき、マリアとヨセフ、そして飼い葉桶に眠る幼子を探し当てた、ということ。第24曲の原曲はBWV214の第9曲「ザクセンの菩提樹よ、シーダのように花咲け」、第29曲の原曲はBWV213の第11曲「私はお前のもの、お前は私のもの」である。

第IV部 (第36曲〜第42曲)
 新年(元旦)のためのカンタータだが、この日は、キリストの割礼と命名を記念する日で、そのことを内容とする「ルカによる福音書」第2章、21節が第37曲で聖書朗読者によって朗唱される。第36、39、41曲の原曲はBWV213の第1、5、7曲である。

第V部 (第43曲〜第53曲)
 新年後日曜日のためのカンタータである。「マタイによる福音書」第2章、1〜6節を骨子としている。占星術の学者たちが東方からヘロデ王を訪ね、「ユダヤ人の王」の誕生を告げた。不安になった王は律法学者たちにメシアの誕生の地はどこかと尋ねると、答えは「ユダヤのベツレヘム」ということであった。第45曲の原曲は「マルコ受難曲」の第114曲、第47曲の原曲は、1734年10月5日にザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグストのポーランド王アウグスト3世としての載冠記念日を祝って上演された祝賀カンタータ「汝の幸をたたえよ、恵まれしザクセン」の第7曲「激情に燃える武器で、「第51曲も改作だが原曲は不明。

第VI部 (第54曲〜第64曲)
 顕現節(1月6日)のためのカンタータ。「マタイのよる福音書」第2章、7〜12節を骨子とする。星に導かれた占星術の学者たちが、幼子と母マリアとを拝み、贈り物を捧げたという、いわゆる<三王の礼拝>が内容である。第54、56、61〜64曲が、現在は失われている教会カンタータBWV248aの第1〜7を原曲とした改作である。


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